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認知発達教材を販売しています

平成の記憶
こんにちは、こばとの遠藤です。

 今年も残りわずか、平成も残りわずかとなってきたら、平成はどんな時代であったか?を有名人や有識者に問う番組が増えてきましたね。
こばとを平成元年に開始したということを思いおこすとちょっと感慨深いものがあります。誰にもコメントなど求められないけど自分のブログで振り返ってみようかな、という気持ちで書いてみます。

 一口で言えば、昭和の戦後復興、世界に追いつけを達成した後の迷走の時代だったようなきがしますね。
教育も競争・詰込みからゆとり教育に。一学年分ダブったのにはびっくりしましたね。それが学力低下を招いたということで、一転、、教科書は厚くなり、ランドセルの重さをなんとかしろ!ということに・・・。

 大人の仕事もグローバル化が持てはやされて成果主義が跋扈し、非正規労働者が大量に生み出されましたましたが、今は働きすぎはダメで、働き方改革、副業OKになりましたよね。

 不正や改ざん、パワハラ・セクハラ・虐待が連日報道されたりしたし。家族間の殺人も昭和の時代より増えている感じ。
昭和の時代に蓄えた高齢者の資産は特殊詐欺の餌食になっている。
そして何より、平成の後半は続けざまと言えるくらい自然の大災害が多かった。

 とにかく変化が速く目まぐるしい時代だったですね。その理由は何と言っても、パソコン・ケータイ・スマホでしょうね。

 平成の前半、こばとが合宿に出回り始めたトランシーバーのような携帯をレンタルして持って行きましたが、山の中では電波が届かず結局一度も使わず持ち帰った、という今では信じがたい思い出もそんな昔の話ではないのです。

 それが現代は子どももスマホを持っていたり、いじめもスマホつながりで見えないところで・・・。
文明の変化の速さに人間が追い付かず迷走してきたような平成の時代。

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10月
こんにちは、こばとの遠藤です。

 あの死の危険のある猛烈な暑さ、ためらわずにエアコンを使うように、と
連日のようにテレビのアナウンサーが緊迫した表情で報道じていたのがついこの前だったような気がするのに、
肌寒いくらいのこの気温。このこ季節の変わり身の早さにはおどろきですね。

それにしても10月はなんだか変な月ですね。
こばともなんやかやとプチトラブルが続き、教材の売れ行きもこれまでにない低迷ぶり。
それに世の中も、信じがたい不正や事件・事故が充満していますねぇ。
 空は秋晴れで真っ青に晴れても、人の心を侵食するような不穏な空気に包まれているみたいな感じがする。

世界中で自然災害も多いし、某大国の発言・動向で世界中がぴりぴりするし。
いつもなら、時間が過ぎるのが速い、なんて言ってたのですが今年はなんだかはやく終わって欲しい気分。
 あんまりネガティブになってもいけないけど。

バーコード
こんにちは、こばとの遠藤です。

アマゾンに出品することにした、ということは前回かきましたが、バーコードの権威・威力におどろいています。
 
 こばとの認知発達教材は平成19年度から107条図書として採用され、今年度も3000冊以上供給しました。
107条図書なのですが、それはこばとの教材を知っている先生、学校がが特別に教育委員会に申請して採用に至っていたのだ、と言いうことがわかりました。

 というのも、バーコードを付け、たということを教科書取次の日教販に連絡したところ、中級編、とけい・おかね・カレンダーは来年度の正式採択となるので、欠品しないように、という話でした。
 
 バーコードがついたということで来年度採択の通知が各県に行ったらしく、今年は問い合わせの電話,メールがやたら来るのです。バーコードの権威に驚いています。
 見本誌に使うので送ってほしいという注文も多数ありました。
 これまで10年間バーコードなしで2000冊から3000冊ほど供給していましたが、それらはこばと教材を知ってる学校が供給の
申請をしていたからなんだ、とわかりした。
バーコードなしでは全国の支援学校に広めたいという願望もでは、くもの糸程度でのですねぇ。
もっと早くバーコードを付けていらばよかった。アマゾンに出品するということがなければ思いうかなかったけど。、

 でも、来年はもう少しこばと教材が広まりそうな気配なので、楽しみです。

パソコン教室の生徒さん、いつも旅行のお土産を買ってきてくれます。旅先でもこばとのことを思い出してくれてうれしッ。

   田中①2  田中②2




怒涛の10月
こんにちは、こばとの遠藤です。

もう、11月になってしまいましたね。今年もあと2カ月しか残っていないなんて・・・・!
10月は怒涛の月でした。天候もそうでしたが。

 前回、前々回と宮城の母のことを書きましたが、あれだけでは終わりませんでした。
ケアハウスからストレスによる体調不良の電話があった後、やはり入院ということに。その1週間後退院。

 しかしまた1週間もすると心臓の調子が・・・・。ということで入院検査。しかし病院では特に検査結果は悪化しておらず1週間後退院。最後の退院はあの台風21号直撃の23日月曜日。
 切符も手配して朝1番で出かける支度をしていましたが、電車や交通に影響がでてキャンセル、払い戻しをしました。
甥は福島から退院の手続きに、車で台風と並走するように行ってくれたので助かりましたが。

その後、医師、ケアマネ―ジャー、ケアハウスの人が話し合って、ストレスによる心臓不調の時は入院を見合わせることにしました。本当にいろいろありますね。

 退院後ケアハウスのスタッフが車いすでコンビニに買い物に連れて行ってくれたのが気に入ったらしく、今は落ち着いてくれてよかったです。買い物の力って高齢者には大きいですねぇ。

 そんなこんなもありましたが、こばとにいる間は教材づくりにラストスパートをかけ、ついに新教材、初級編、中級編、上級編全18冊を完成させました。
 去年の12月に全改訂を宣言して、今年10月予定通りの完成!やりましたよ。
30年度から全冊発売なので、旧版はただいま半額セール中です。
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退院・入所
こんにちは,こばとの遠藤です。

あっという間に9月が過ぎ去ってしまいました。大雨や強風で、銀杏やドングリも早々と落ちてしまいましたね。

前回のブログで95歳の我が母が右股関節骨折で入院したことを書きました。今回もその続き。
母の病院生活は高齢、心臓の負担を考えて、手術せず、自然治癒を選択して1か月半が過ぎました。

早く退院したいと母はリハビリを頑張り、おかげさまで9月25日めでたく退院。
しかし、車いす生活は避けられない現実。ケアマネージャーさんが勧めてケアハウスに病院から直行しました。

そのケアハウスは元旅館を改造した施設。部屋は客室をバリアフリーにしたもの。お風呂は温泉。看護婦さん常駐。接骨院隣接。
母の自宅より、はるかに立派です。月々の費用は結構な金額にはなりますが。

甥と二人で母の家から必要な諸々のものを運び、母の部屋らしい雰囲気にて、その日のうちに新幹線で千葉に戻りました。
私自身が高齢者。結構体にこたえました。
甥っ子は翌日も一人暮らしだった母の家のガスや水道を止める手続きをして福島に戻りました。

これでひとまず安心と思っていたら、3日目には早くも、母の体と精神の状態があまりよくないので病院に行ったとのケアハウスからの連絡。

どうやら、ホームシックもあるようで・・・・。
自宅に帰って自分で好きなような暮らしをしたいらしくて・・・。不可能になった現実を受け入れたくないと嘆かれてもどうしようもありません。
千葉と宮城のとんぼ返りの老老介護はまだまだ続きます。母は100まで生きると言っているので、私の方が先かもしれませんね。

                   ハロウィン

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